産み分けに罪悪感を感じる必要はない!誰でも希望は持っている。

産み分け×気持ち
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産み分けに罪悪感は必要ない!

産み分け、と書くと必ずといっていいほど批判の声が来ます。

「贅沢だ」「希望の性別じゃなかったら可哀想」

等々…。

これで、罪悪感を持ってしまう人もいるかもしれません。

だけど、私は産み分けという行為に罪悪感は必要ないと思っています。

 

産み分けに罪悪感はいらないと思う理由

産み分けを考える人の殆どが、「2人目以降に上と違う性別を望んでいる人」です。

そんな、2人目以降で産み分けをしようと思う人。上の子は可愛いですか?

当然可愛いですよね。その性別の良さはわかっている筈です。

それでも産み分けをする理由…それは、上と違う性別の子供が育ててみたいとか、跡継ぎが欲しいとか、そういう単純な理由だと思います。

でも…当然ながらそれは「自分の希望」です。

人間、誰しも色々な希望を持っています。性別の希望もその一つ。

広い意味で言うならば、子供を産みたいという気持ちも希望。子供を産みたいという気持ちがあることって変なことじゃないですよね?

それなら子供に希望の性別があることも、そんなにおかしなことでもないのかな、と思います。

 

男の子or女の子を望む理由

将来の話相手に女の子が欲しいと思うママ。

「子供はどう育つかわからない」「思い通りになるとは限らない」

なんて言われますが、私はこれ、おかしいとは思いません。

むしろ、そう思えるママは、自分の親との関係もいいのではないかと思います。だから自分の子供ともそんないい関係を築きたい。それは誇れることですよね。

将来孫の顔を見せたり、一緒に旅行に行ったり…。私もそういう親子を羨ましいと思いますし、そんな娘が欲しいと思います。

 

跡継ぎを残したいので男の子が欲しいと思う気持ち

先祖代々続いて来た物を途切れさせたくないって、自分の生い立ちや家族をとても大切にしていてとても素敵だと思います。

これも「子供が実際に継いでくれるかなんてわからない」「子供のやりたいことをさせてあげるべき」なんで話もありますが、「継ぐ家がある」ことはいいことでもあると思っています。

 

子供は同性兄弟がいいというママ。

同性兄弟がよくて産み分けされている方も見ます。

確かに、私は弟がいますが小さい頃から姉や妹が欲しかったです。それは今も変わりません。

小さい時は姉妹で一緒に遊べる友だちがうらやましかったし、今は姉妹でお互いの子供を一緒にを遊ばせていたり、たまには一緒に子供を預けたり、色々相談したり。そんな姉妹関係の友だちがいいなあと思います。弟の子供だと、やっぱりお嫁さんに気を遣ってしまいますしね。

姉妹で三姉妹の母は祖母の介護を姉妹みんなで分担したり、今でも3人で買い物に行ったりしています。

「兄弟姉妹が必ず仲良くなるとは限らない」という意見が来ますが、逆に「必ず仲良くならない」とも限らないですよね。私の周りの姉妹の友だちは、みんな姉妹で仲が良いです。

(兄弟は身近にいないのでわからないですが…)

 

他にも、希望の性別がある理由は様々

後は「異性の子供をどう育てたらいいのかわからない」というのもよく聞きますね。

上では3つしか書きませんでしたが、人間誰しも少しは希望の性別位あるんです。理由も様々。

そして勿論、「どちらでも健康で生まれてくればいいけど」が大前提です。

 

罪悪感を持つ必要があるのは、子どもを愛せない時

ただし、そう考える私でも許せないことがあります。

それは、堕胎と育児放棄。

希望の性別じゃなかったからおろす…というのはあまりに勝手です。

また、希望の性別じゃなかったから育児放棄するのも同じ。

女の子希望で男の子だったからって男の子に女装させている方もいますが、それもどうなんだろう…。

 

ちゃんと、「どちらの性別でも愛せる」という自信があるからこそ産み分けは成立するものだと思います。自己流の産み分けに100%はないのですから。

どうしても希望の性別を産みたいなら、最初から100%の着床前診断を検討してください。

 

まとめ

誰しも希望の性別位もっています。

なので、罪悪感は必要ないと思います。

生まれたら可愛いのはわかってるんですから。

罪悪感がいるのは、生まれた子供が愛せなかった時。

どうか、可愛い赤ちゃんに恵まれますように…。